これからこのブログを読んでくれる人
これから私に興味を持ってくれる人
に対して私のWork History(学生時代)をまとめていきたいと思います。
私は、現在介護施設のマネージャーを基盤に様々な関わりを持っています。
なので、まずはなぜ介護業界という業界を選んだか?から書いていこうと思います。
なぜ介護業界を選択したのか?
高校生の頃、進路について考える時期を迎えました。
当時は、テニス(部活)をすることで頭がいっぱいで
進路から逃げたい気持ちでいっぱいでした。
高卒で働く勇気?というか心の準備が全くできておらず、働くという選択肢はまだありませんでした。
となると、専門学校か大学ということになるのですが、
「やりたい!」
と思えることもなく、なんとなく医療系・福祉系は今後高齢化社会だし、需要が増えそう。
という単純な理由で理学療法士や作業療法士を選択肢に入れ考えていました。
しかし、専門学校というのはみっちり勉強があり、当時寝ても覚めてもテニスのことばかり考えていた私からしたらそれは耐えられないと思い、断念。
そこで介護系の大学を目指しました。
ただ、介護士として働くのでは給与的にも低いことは分かっていたので絶対に上に行く(出世する)という強い気持ちを持ち、介護業界で頑張っていこうと高校生の頃に決めました。
大学時代
大学生となり、社会人になるまでに4年間の猶予が与えられました。
この4年間でもっと具体的に将来やりたいことを決める!
という思い出はいましたが、今振り返ると人生の中でこれだけ楽しかった期間はありません。
テニスにバイト、遊びに明け暮れました。
大学は卒業しましたが、常に単位はギリギリでした。
学生時代のアルバイトでは、「スーパーの店員」と「テニスコーチ」を経験しました。
大学より、多くの時間を過ごしたと思います。
スーパーでのアルバイトから学んだこと
大学入学後、すぐにアルバイトをしなければいけないと思い、小さい頃から利用していたスーパー(当時はジャスコ)でアルバイトを始めました。このアルバイトは、社会人一年目の途中まで続けることになりました。
高校生の頃は、アルバイトをしていなかったので初めてお金を稼ぐ経験をしました。
具体的な業務は、品出し、催事場作り、清掃活動でした。
当時このスーパーは24時間営業で勤めていた間、常に売り上げを上げ続けていた店舗でしたので小規模店でしたが東海地区の小規模店の中でも何度もトップの売り上げを出していました。
私の仕事は、主に加工品食品の品出しでした。
出社したら、まず、担当部署の商品の前出し(商品を前に詰めて見栄えをよくすること)です。それが終わったら、バックヤードに届いている商品を店内に持っていき補充していきます。
日によって、エンドと言われる通路に面した部分を新商品を積み上げインパクトを出して買ってもらいやすくするような仕事がありました。
これが最初はなれず、苦労しました。
その後、油まみれのデリカ部門や魚売り場の清掃活動です。
たまにレジ応援があるのですが、これが苦手で正直忙しいふりをして逃げていました。
今は、どんな仕事も自分ごととして小さなことでも逃げずに向きあるということを大切にしていますが、苦手なことから逃げる心理は理解しているつもりです(笑)
また、タイムカードは15分ごとに集計されていたのでいかに16分になるまで待つか、という姑息なことをしてきた経験もあります。
そして、それを多くのおばさんパートもしていたし、促してきました。
「あんた、あと3分これやっときなさい」みたいに。
今の立場でこのようなスタッフがいたら許せないのですが、当時の自分は普通にやっていました。
おそらく読んでいただいている方にもそういった経験があるのではないでしょうか?
よく、事務所にいるお局と言われる存在に打刻のことでは注意を受けた記憶があります。この時に「お局」の意味を知りました。
ざっと、どんなスーパーでのアルバイトをしていたかを書いたのでここからは、そこから学んで今の私の仕事の価値観にあることを書いていこうと思います。
勢いでやる重要性
東海でもトップレベルに忙しい店舗でしたのでとにかく大変でした。そんな中でも本部?からの指示で様々な催事場を作っていかなければいけません。また、クリスマスが終わったら3時間ほどで店内の雰囲気を一気に正月バージョンにしなければいけません。このような季節の切り替えやイベントの切り替えのタイミングは特に忙しくろくに休憩も取れない状況でした。
そんな中、正社員の「えいやー、でやっちゃおう」という前向きな言葉と行動力は、今でも私の中の自分を奮い立たせる合言葉のようになってます。
季節やイベントの切り替え時のバックヤードはパンパンです。それをこれから店内に並べようと思うだけでウンザリしてしまします。
そこでその正社員の「えいやー、でやっちゃおう」という声掛けがあるわけです。
不思議とやる気になり、作業を始めると没頭してなんとかやり終える。そんな経験を幾度としてやってきました。
物事に勢いをつけてやってしまうと意外となんとかなってしまうものなんだということをこの時に学びました。
数字にこだわる
アルバイトながら東海地区の小規模店で最も売り上げを上げる部門に所属していたこともあり、毎日の売り上げチェックが楽しくて目標達成をするたびに「よっしゃー!」と正社員たちと喜んでいました。
今思うとドーパミンがドバドバ出ていたんだなと思います。
ビジネスは結果が全て。その最たるものが数字だと思います。
ここにアルバイト時代にコミットし続けれたの私の中でも大きな財産となっています。
朝礼の理念唱和
この組織では、朝礼があり、毎日誰かが当てられいくつかある社訓のようなものを一つ読み上げるという習慣がありました。これも今では、ブラック企業というかちょっと気持ち悪い習慣と思われる方もみえるかもしれませんが、私自身はとても有効なものだと思っています。
大学時代、4年間読み続けることにより暗記したことは当然ですが、私自身はその企業の理念に感銘を受けるようになっていきました。
私が特殊だったかもしれません。
ただ、私はその理念や行動指針、社訓をもとに動くことが大切なんだと感じていました。
仕事をゲームにする
アルバイトがする仕事は基本的に単純作業です。だから、飽きてくることも多々ありました。その際、アルバイトの先輩から
「この作業は10分でやるとかこれをいかに綺麗に並べるかを考えるんだよ」
と単純作業をゲームにしてしまう(単純作業に意味を持たせて作業する)ということを学びました。
これも社会人になってから大いに役立ちました。
テクノロジーが進化して単純作業は機械やAIが代わりにやるようになったとはいえ、それでも単純でつまらない作業は存在します。
その時にでも
どういう心持ちでその仕事に臨むか?
を自分で決めることによってただの単純作業が単純作業でなくなります。
これを愚直に続けてきたからこそ、強くなれたとも思っています。
人間関係の複雑さ
スーパーは、人間関係が複雑で陰湿な業界の一つだと思います。
・誰かが誰かの悪口を言う
・部署ごとに歪みある
・協力し合わない
・誰かを引きずり下ろそうとする
そんな環境で人をまとめていくことの難しさを目の当たりにしてきました。
私自身は、ただのアルバイトでそういう話を聞かされる立場。
正直、聞きたくもないし、なんで人が嫌がることをするんだろう、言うんだろうと思っていました。
これをまとめていく正社員は大変です。パートタイムの方が圧倒的に数が多いですから。大体は、丸め込まれてパート勢力の方が強い状況です。
全国的な大きな組織でしたのでもちろん、各支店の組織図や役割もしっかり決められていました。しかし、それが全く機能していない。組織をコントロールする大変さを学びました。
優秀職員の表彰
スーパーには、ミステリーショッパー(覆面調査)と言われる人が従業員をチェックするためにお客さんに扮して店内にいます。誰がミステリーショッパーかわかりません。
自分では、接客が良い方だとは思っていません。ここで言う良い接客とは、しっかりした敬語や姿勢(立ち居振る舞い)など、要はマニュアル通りの綺麗な接客のことです。
ただ、誠心誠意お客様の話を聞き、一生懸命お客様の要望を聞く
と言う姿勢(心構え)はありました。
その辺りが評価されたのかわかりませんが、東海地区でも数名しか選ばれない評価を受けたと店長から言われ、朝礼で褒めていただきました。
私の中で、これは小さな成功体験の一つで誰かに仕事を評価してもらえることの嬉しさみないなものを感じ、これをモチベーションにその後の仕事も取り組みました。企業としてこういった取り組みが一従業員に与える影響はとても大きいものだと知りました。
まだまだ書き足りないこともありますが、とりあえずこの辺りで。
長くなってしまったのでテニスコーチ編は、次の投稿とします。
読んでいただいてありがとうございます。